REAL-TIME STORY

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③:『信義』
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南アフリカを出国した俺とブラントは、アメリカに向かった。
シアトル・タコマ国際空港に着き、病院に向かう。

「お久しぶりです、ブラント先生! お忙しい所ありがとうございます!」

エントランスで待っていた院長に、ブラントが笑みを返す。
ここはブラントが所有する病院の一つだ。彼は世界中に病院を所有しており、莫大な財力をもって、無償で医療活動を行っている。

「こちらこそ急にすまない。患者たちの様子が気になってね」
「万事順調ですよ。先生がご提供くださった、放射線医療システムは、目覚ましい治療効果を上げています」
「それはよかった。患者に会う事は出来るだろうか?」
「もちろん。みんな先生の来訪を楽しみにしております、ぜひ顔を見せてあげてください」

院長に一礼し、ブラントは病室に向かった。一応周囲を警戒しつつ、彼の背を追う。
ブラントは物理学・工学・コンピューターサイエンスなど、様々な分野で才能を発揮する総合科学者だが、最も得意とする分野は医学だ。先進的な医療技術を開発して特許を取得し、各国に無償で提供している。

国家や大企業の後ろ盾を持たない彼が、独力でそれほどの功績を実現し得るのは、彼もまた『センシティブ』である事に関係している。ブラントは俺のフラッシュフォワードのような、特殊能力を持っている訳ではない。だがXMの力により、自分の知性や創造性を、劇的に高める事が出来るのだ。

あえて名付けるなら、『インテル・ブースト(知覚強化)』とでも言うべきか――。だが、彼はその能力により得たものを、自分の利益の為には使わず、世の人々の為に使っている。この病院も採算度外視で経営されている。
いわば現代のレオナルド・ダ・ヴィンチにして、究極の人道主義者。それがクリストファー・ブラントという男だった。

彼とは5年の付き合いだが、その無欲さには呆れるばかりだ。今回の旅も、ブラントが所有する病院を視察して回り、彼が開発した医療システムをメンテナンスして回るという慈善事業だ。
そんなものは部下に任せておけばいいとも思うが、そこを自分でやりたがるのがブラントという男だ

「どうしたジャック、難しい顔をして?」
「いえ……アフリカの襲撃者たちの事が、気になってまして」
「彼らがアメリカまで追って来ると?」
「敵の正体がわからない以上、その可能性も捨てきれません」

そう答えると、ブラントは申し訳なさそうな顔をして、言った。

「……君には苦労をかけるな。私のわがままに付き合い、いつも世界を飛び回る羽目になって」
「それが仕事ですから」
「この旅を……中止すべきだと思うか?」

ブラントが険しい顔で言う。確かに彼の置かれた状況は、近ごろ危険さを増していた。
彼は少し前まで、XM研究企業のヒューロン社に、XMの研究技術を提供していた。しかしヒューロンは表向きは真っ当な企業だが、裏では黒い噂も多かった。XM関連事業の利権を独占する為、手段を選ばないことに、ブラントはすぐ気がついた。

やがてブラントは、ヒューロンとの関係を断ち切った。奴らはブラントを裏切り者と断じ、命を狙うようになった。
ならばそれを護るのが、俺の使命だ。

「……危険な状況は今に始まった事じゃないさ、ブラント。言ったはずだ、『その願いが果たされるまで、俺があんたを護る』と」

出会った頃と同じ口調で言うと、ブラントは笑みを返した。
俺は思い出す。彼と出会う以前、傭兵として生きてきた日々の事を――。