REAL-TIME STORY

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⑩:『闇への入口』
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――ヒューロンで、何か異様な事が起きているかもしれない。
そう思っても、消えた患者たちについてそれ以上調べる事は、私にはできなかった。

私は探偵でも警察でもない、一介のXM研究者だ。失踪者を探す能力もノウハウも無い。ただ患者たちの事を気に掛けながら、それまで通り仕事を続けるしかなかった。
上司や同僚に聞けば何かわかるかもしれないけど、それはためらわれた。本社の人間である劉が、患者たちの消息について隠している以上、会社ぐるみで何かを隠蔽している可能性がある。

(でも、気になる……患者たちはどこに行ったの……?)

そう思いながら、日々を過ごしていたのだが――私はふとしたきっかけから、疑問の答えを見つける事となった。
それが私の日常の終わり。そしてヒューロンの闇に踏み込む、第一歩だった。

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「失礼します」

その日、私は日々の研究の成果報告のため、上司の執務室を訪れた。
だが上司は不在だった。机のPCを起動したまま、席を外しているらしい。
そのPCを見た時、ふと思いついた。上司のPCを調べれば、何か消えた患者についての手がかりがわかるのではないかと。

(バレたら懲戒ものだと思うけど、少しくらいなら……!)

幸いな事に上司は、PCにロックをかけていなかった。私は素早くPCに歩み寄り、こっそりとメールソフトを立ち上げる。
ただ患者たちの無事が、確認できればよかったのだ。私の抱いた疑問など、何かの行き違いに過ぎないと確かめたかった。
だけどそのPCから出てきたのは、その想いと逆の答えだった。

「え……!?」

メールソフトに残されていたやり取り。その中の一文が、私の眼に飛び込んでくる。

『被験体13名を、施設に移送。事業計画は予定通り、修正の要なし』

メールの日付は、被験体たちが消えたあの日。送信先は劉天華。
その文言を見て、私は激しく混乱した。

(『被験体』って、あの患者たちの事……!? どうして被験体なんて呼ばれてるの!?)

それは本来、私に当てられるべき呼称だった。
私はXM研究のために、自分の身を実験対象として、研究所に提供している。その私が被験体と呼ばれる事は、おかしな事ではない。
だけどあの患者たちが『被験体』と呼ばれた事は、私の知る限りではなかったはずだ。なのに上司と劉のやり取りの中では、そう呼ばれている。その意味に思い当たった時、背筋に電流が走った。

(まさか彼らは……! あの患者たちを使って、人体実験を!?)

そう考えると、全ての辻褄が合ってしまうのだ。
なぜ中国に帰ったはずの患者たちが、まだ日本にいる事になっているのか。
なぜ患者に送った手紙が帰って来ないのか。
なぜ劉は嘘をついたのか――。

その答えが、そこにあった。
患者たちはこの研究所を出た後、日本国内のどこかの『施設』に移送され、そこで人体実験の被験体にさせられたのだ!

(嘘……!? ヒューロンがそんな事をするはずが……!)

そう信じたかったが、それを肯定する材料はいくらでもあった。
XMは、人の精神に直接影響を与える、世界で唯一の物質だ。使いようによっては莫大な利益を生む。
たとえば高濃度のXMを浴びせる事で、人の知性や才能を強制的に引き出し、『天才』を量産したり。他の方法では決して成し得ない事を、XMを使えば実現できる。
その利益を得る為に、ヒューロンが手段を選ばなかったとしたら。多少の犠牲を払ってでも、XMの研究を進めようとしていたら――。

湧き上がる想像と恐怖に、体が震え出した。
私は慌ててメールソフトを閉じた。上司が戻ってくる前に、部屋を出た。