REAL-TIME STORY

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②:『彼女の見てきた世界』
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私はしばらく、お寺の前に佇んでいた。
ふと我に返り、ひとりよがりな自分に苦笑する。

(……都合が良すぎるよね。たまたま私の想いがポータルに残り、それを誰かが受け取るなんて)

そんな甘い奇跡は、そうそう起こり得ないだろう。今は他者に助けを求めるより、自らやるべき事がある。再び歩き出す。私が行くべき戦場に向けて。

人気の少ない夜の街を歩きながら、心音が高まっていくのを感じていた。
これから私が向かおうとしている場所は、ヒューロンの研究所。私の在籍する職場にして、敵の中枢部。

研究所に入所するまでの経緯を思い出す。
それはセンシティブとして生まれた者の苦悩と、過ちの軌跡だった――。

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――幼い頃から私には、世界が普通の人とは違って見えた。
他人には見えないものを見て、他人の感じられないものを感じてきた。

XMのスキャンアプリ『Ingress』が発明された今なら、私が見てきた世界がどんなものなのか、他人にも説明できる。
だけどその気持ちを理解してもらう事は、やっぱり難しいだろう。
私に見えている世界は、『Ingressの画面に映る世界』のようなものだったのだ。

その現象はいつも、前触れなく訪れた。普通に見えていた視界が、突如として奇妙な光景に変わるのだ。
それは闇の中に、白と青と緑の光が浮かぶ視界。それ以外の色も、物の輪郭さえも、漠然としか見えない。
それが私に生まれつき与えられた「特質」だった。

その特質が判明したのは、私が3歳の頃だ。娘が時々奇妙な事を言い出す事を心配した父が、病院に連れて行ったのだ。
いくら検査しても、原因は不明だった。網膜にも脳にも異常はない。
可能性があるとしたら、私の心に原因があるのだろうと、やがて医者は匙を投げた。

それから両親は、私を腫れ物に触れるように扱った。
成長しても私の特質が変わらない事に気づくと、次第に距離を置かれるようになった。

寂しかったが、今では両親が悪い訳ではないとわかる。
誰にも見えないものが見え、別の世界を見ている人間が、一体誰と心を通わせられるだろう?
事実、私は両親とも友達とも、心を通わせる事が出来なかった。私はいつだって、果てしない闇の中に一人佇んでいるような、孤独感に包まれていた。

私は、そのように生まれついた事を、運命として受け入れた。
『私の見ている世界を、共有してくれる人はいない』
その事実を心に刻みながら、私は自分の特質を隠して生きてきた。

だがそんな私の人生にも、思いがけない転機が訪れた。
その日の事を、私は生涯忘れる事はないだろう。
2012年12月。スイスの物理学研究所CERNで、未知の物質が発見された。
『エギゾチック・マター(XM)』と名付けられたその物質は、人間の精神に影響を及ぼす可能性があると報道されていた。

それを可視化した画像を見た時、私は愕然とした。
そこには私が、幼い頃から見てきたものが──
『闇の中に色とりどりの光が浮かぶ光景』が映し出されていたのだ!

私の特質の謎を解く鍵が、そこにある気がした。その日から私は、XMについての情報収集を始めた。
闇の中に見つけた、一筋の光明だった。