REAL-TIME STORY

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⑨:『湧き上がる疑念』
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それからまた少し経ち、夏が訪れた頃。
北海道札幌市で、大規模なXMアノマリーが発生し、多くのエージェントが闘いを繰り広げていた日。
長らく東京の研究所で、治療を受けていた患者たちが、中国に帰る事となった。

「サラ先生、今までありがとうございました!」

研究所を去っていく時、患者たちは私にそう挨拶してくれた。
彼らはここまでの治療でかなりの回復が見られ、以後は故郷で経過観察されると言う。特に私を慕ってくれたあの少女も、微笑みを浮かべて言った。

「先生、中国に帰ったら手紙書くね。パソコンもスマートフォンも持ってないから、メールは出来ないけど……」
「ありがとう、私も手紙書くよ。いつか中国に遊びに行くから、その時はよろしくね」

私は少女の住所を聞き、握手して別れた。
ヒューロンが用意したバスに乗り、空港に向かう患者たち。その表情は治療を始める前とは打って変わって、明るいものだった。

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それから私は、自分を『被験体』として、XMの研究を行う日々に戻った。
忙しい日常を過ごしながら、中国に帰った患者たちの事を気に掛けていた。彼らは元気で過ごしているだろうかと。

少女からの手紙は、それから数週間待っても、来る事はなかった。何度か手紙を書いたのだけど、やはり返信はない。
『便りが無いのは良い便り』という日本の諺があるけど、心配だった。まさか症状が再び悪化し、また心を閉ざしてしまったんじゃ?

私は、中国本社の唯一の知り合いである、劉に電話してみた。
患者たちの事について尋ねると、彼はこう言っていた。

「あれから患者たちは回復し、社会に復帰したようだ。
 皆さっそく新たな仕事に就き、住所も変わっている。手紙が帰って来ないのはそれが理由じゃないか?」
「そう……それならいいんだけど……」
「サラ、寂しいのはわかるが、彼らの人生が好転したのはいい事だ。これもXMの効用かもしれないな」

そう笑う劉の声には、何の含みも感じられなかった。
だけど、気になった。仮にそうだとしても、ただの一通も手紙が来ないというのは、何かおかしいのではないか……。

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私は仕事の合間に、患者たちのその後について調べ始めた。
入国管理局などに問い合わせ、患者たちが無事帰国したかどうかを調べる。すると得られた答えは、思いがけないものだった。
研究所の前で、患者たちと別れたあの日――彼らが日本を出国した形跡が、どこにも見当たらなかったのだ。

(中国に帰っていない? つまり患者たちは、まだ日本にいる……?)

そもそも患者たちが中国に帰っていないのなら、劉の言葉は嘘という事になる。ではなぜ彼は、そんな嘘をついたのか?
その理由はわからない。患者たちがどこに行ったのかも見当がつかない。
何か不穏なものを感じた。私の知らないところで、得体の知れない事が起きている予感が……。