犯人が逃げる前に、追いつかなければならない。
奴の顔を知っているのは僕だけだ。
(捕まえられるのは僕しかいない!)
全力で走る。生涯悩ませられてきた力で得た情報を元に。自分の呪われた運命を変える為に。
木々の向こうに、男の後ろ姿が見えた。僕は叫んでいた。
「待て!」
その声に男は立ち止まり、ゆっくりと振り返った。
「え……? 何か?」
それは20代後半くらいの若者だった。みすぼらしいパーカーを着た、淀んだ目をした男。
だがその顔は、先ほど犯行現場を読んで見た犯人の顔と一致していた。
「警察だ。連続殺人の現行犯で逮捕する」
警察の名乗り方は、これで良かっただろうか? かなり自信なかったけど、男は淀んだ目で僕を見た。
「連続殺人……? なんですかそれ、急に何の話ですか?」
「言い逃れはいい、この目で見たんだ。お前が手で触れただけで、五人の被害者たちを殺したのを」
「はあ? 何言ってるんですか、あなた」
考えてみれば僕の能力の話は、犯人に対しても出来ない。つまり逮捕の根拠を示す事も出来ない。
だが男は、にやりと笑った。
「……なるほどなァ。お前も俺と同類かよ」
男の口調が変わっていた。「ど、同類?」と聞き返す僕に、男が言う。
「お前も『力』を持ってるんだろう? 俺と同じによ」
「何……!?」
「その力で知ったって訳か? 俺が殺したって」
沈みかけた夕陽に照らされ、男が笑みを浮かべる。その眼には、禍々しい光が浮かんでいた。
気圧されつつ、男に問いかける。
「……お前も記憶が読めるのか? 物に残された、過去の記憶を」
「記憶? 違うな、俺は『人を殺すコツ』が判るだけだ」
男はそう言って、自分の胸をトントンと叩いた。怪訝な顔をする僕に、奴が続ける。
「人間の体は、脳から発せられる電気信号で動いている。そこにあるタイミングと強さで刺激を加えると、その信号にエラーが生じる。心臓だって同じだ、コツさえ掴めば手で押すだけで止められる」
「う、嘘だろ……!? そんな話――」
「この国にゃそれが原因で心臓麻痺を起こす人間が、年に何人かはいるんだぜ?」
男は冷静で、嘘を言っているようには思えなかった。
「まぁ意図的に起こすのは、不可能に近いけどな。どういう訳かそのやり方が、俺には判っちまうんだよ」
「その方法で何人も殺したのか……!? なぜ!?」
「さぁな。せっかく得た力を、使ってみたかったからってとこかな」
男がゆっくりとこちらに歩いてくる。僕はその時、初めて自分が丸腰である事を思い出した。
後ずさる僕に、男が続ける。
「……俺はどうにも、世渡りが下手でな。どこに行っても他人とぶつかる。学校も仕事も長続きしねぇし、能力も取柄もねぇ」
「っ……!」
「そんな俺に唯一与えられたのが、『この才能』なのさ。長年、その衝動に耐えてきたが――もう限界だ」
男の声には、殺意が含まれているように思えた。僕は時間を稼ぐ為、必死で話を引き延ばす。
「ま、待て! どうして犯行現場に、歴史ある史跡ばかりを選んだ!?」
「あ? 俺にもよくわからねぇんだが――不思議なもんで俺の力は、そういう場所にいる時に発揮されるんだよ」
「え……?」
「パワースポットっていうのかね。大地から湧き上がるエネルギーが、俺の秘められた力を覚醒させる的な?」
男がふざけたように言う。僕にはまるで理解できなかった。奴が言っている事も、そんな事が本当に有り得るのかも。
「この公園はいいぜぇ、至る所にパワースポットがある。いわゆる『ポータル』ってヤツがな」
「は……何?」
「なぁに、ゲームの話だよ。いや、『あれはゲームじゃない』んだっけか?」
訳の分からない事を言いながら、男が近づいてくる。そのギラギラした目を見て、僕は確信する。
コイツは普通じゃない、完全なサイコキラーだ。通り魔のように人を殺し、ついでに僕も殺すつもりだ!
「やめろ、僕を殺しても逃げられないぞ! すぐに警察が――」
「無駄なんだな、証拠がねぇから。唯一の『目撃者』を消せば、逃げられるさ」
男が僕に向け、手を伸ばす。その手が僕の胸に触れ、心臓を止めようとした瞬間――
横から延びてきた誰かの手が、男の手首をがっしりと掴んだ。
「!?」
僕も男もはっとして、振り返った。
そこにいたのは古田警部だった。男が声を上げる。
「誰だテメェ!」
「警察だよ、コイツの引率のな」
警部はそう言うや身を翻し、一本背負いを繰り出した。
男が地面に叩きつけられ、苦痛に身をよじる。そこに警部は素早く手錠をかけた。
「18時52分、自供。殺人四件、未遂二件で現行犯逮捕だ」
「殺人四件……? 五件じゃねぇのか?」
「さっきのご婦人は、息を吹き返したよ。だが罪を重ね過ぎたな。ぶち込んでやるから覚悟しとけ」
警部の言葉に、犯人が悔しげな表情を浮かべる。
緊張が解けた僕は、その場にへなへなと座り込んだ……。