それからしばらくは、何事もない日々が続いた。
僕はハッカー時代に貯めた、わずかな貯金を切り崩しながら、ダラダラした日常を過ごしていた。
一応、身分は『警視庁の嘱託職員』という事になってるはずだが、すぐには給料は払われなかった。
節約の為に買い込んだカップラーメンをすすりつつ、思う。
(このまま捜査依頼なんか、来ないで済むといいんだけどなぁ……でもこのままだと貯金も尽きるしなぁ……)
ハッカーでも警察でもない今の僕は、もはや完全なる無職だ。さすがに先行きに不安を感じる。
どうしたものかと思っていた時、滅多に鳴らない僕のスマホが鳴った。
ぎくりとしてディスプレイを見ると、『着信:古田警部』の表示。
「はい、翠川です」
「誠か? 喜べ、仕事だぞ」
電話の向こうで古田警部の、何やら嬉しそうな声が響く。そんな簡単には喜べないと思いつつ、僕は問いを返した。
「仕事って、何か事件ですか……?」
「ああ、コロシだ。現場は札幌」
「さ、札幌? なんで北海道の事件に、僕が?」
「それがどうも、ややこしいヤマらしくてな。道警から本庁に連絡が入り、捜査協力を行う事になった」
「はぁ……そういう事って、よくあるんですか?」
「滅多にある事じゃないさ、特例と言ってもいい。本庁のお偉方は、お前の能力を試す機会を探していた。それでちょうどいいヤマとして、お前を送り込む事にした……という訳だ」
どうやら僕の知らない所で、何か色々動いてるらしい。黙り込む僕に、警部が続ける。
「まぁ札幌の事件でお前がしくじっても、道警に責任を擦り付ける事が出来る。その場合、本庁は『翠川誠などという嘱託職員は最初から存在しなかった』という方向に持っていくつもりだろう」
「ひ、酷くないですかそれ……?」
「そういうもんよ。まぁそういう訳で、すぐ札幌に向かって欲しい。嬉しい事に俺も一緒だ」
「え、警部も!?」
「お前一人じゃ捜査のイロハも判らんし、道警とのやり取りもできんだろ。要は引率だよ引率」
「はぁ……」
「札幌までのチケットは既に取ったし、今からなら今日中に着く。品川駅で待ち合わせしよう、着いたら連絡くれ」
「あ、ちょっと――」
警部は一方的に言って、電話を切ってしまった。僕は電話を手に佇む。
彼の強引なやり方には閉口するが、まぁ知ってる人が一緒だというのは、コミュ障の僕にとってはありがたい。一人で見知らぬ土地に行き、やった事もない仕事をするよりはマシだ。
「初仕事か……まぁ、やってみるしかないよな……」
僕はそう呟き、ゆるゆると覚悟を決める。身の回りのものを持って、家を出た。