私は劉に導かれるまま、ヒューロン本社の壮麗な扉をくぐった。
上層部に顔通しした後、会議室に連れていかれた。劉は窓のカーテンを閉めた後、部屋の照明を落とした。
「サラ、君に見て貰いたいものがある」
劉がそう言って、スマートフォンを操作する。
すると会議室の天井に備え付けられたプロジェクターが、壁に映像を映し出した。
「これは?」
「我が社が経営している病院の、入院患者たちの様子だ」
映像の中には、病院服を着た十数名の男女が映っていた。
その表情は暗く、目は何も見ていないかのように淀んでいる。
「彼らの表情を見て欲しい。魂が抜け落ちているかのようだろう?」
「え、ええ……」
「彼らはかつては、至って健康な、普通の人々だった。だがXMの悪影響により、このような状態になってしまったのだ」
私はその言葉を聞いて、愕然とした。
XMは人の精神に影響を与えるが、その影響は基本的に、好ましいものであるはずだった。創造性が高まったり、心が落ち着いたり。だからこそXMが集積する『ポータル』に、人々は無意識に導かれ、そこに様々な建物やモニュメントが建てられてきたのだ。
なのにこの映像に映っている人々は、どう見てもプラスの影響を受けたとは思えない。
「言わばXMの、負の側面だよ。彼らはXMの影響を受け過ぎ、精神が擦り切れてしまったらしい」
「でも、どうして……!? XMを浴びたからって、こんな状態になる人は、今までいなかったはず……」
「『普通の人々』であればな。だが彼らはそうじゃなかった」
彼はどこか悲しげな眼で、映像の中の人々を見つめた。
「XMによる精神的影響の受け易さは、人によって個人差がある。『センシティブ』とはその影響を、極めて受け易い者の事を呼ぶ。それは必ずしも、良い影響だけとは限らない」
「え……!? それって、まさか――」
「ああ。ここに映っている人々は、君と同じセンシティブなんだ」
私は息を呑み、映像を見つめた。そこには昔の私のように、希望のない目をした人々が映っていた。
「正確には『センシティブになり切れなかった者たち』と言うべきか……君のように生まれ持った能力はなく、才能を開花させる事もなく、ただXMの悪影響ばかりを受けてしまった不幸な人々だ」
「そんな人たちが……!」
「公にはなっていない事だがね。過去にも似たような症例は、いくつかあった」
ごくりと固唾を飲む。同時に胸の内に、使命感が湧いてきた。
彼らを救いたい。かつての私がヒューロンと出会い、救われたように。
私がXM研究者となった事に、何か意味があるとするなら、きっとその為だったんだろう。
私がそう思って劉を見ると、彼もその意志を受け取ったかのように告げた。
「もう判っただろう、サラ? 君の手で彼らを救って欲しい。彼らの傷ついた心を、治療して欲しいんだ」
「ええ……それがセンシティブでありXM研究者でもある、私の役目です」
「いい答えだ。やはり君を呼んで良かった」
劉はそう言って、笑みを浮かべた。そして、わずかに目を伏せて呟いた。
「……私はヒューロンの人間として、彼らを保護し、病院に収容する役目を担っていた。ずっと彼らの事を案じていたんだ」
「そうだったんですか……」
「だが君に任せておけば、もう安心だろう。どうか彼らの事を頼むよ」
真摯に言う劉に、私は力いっぱい頷いた。
――その数か月後に、私は理解する事になる。
この時の劉の表情も、私の心に訴えるような言葉も、全ては演技に過ぎなかった事を。
私は利用されていた。ヒューロンに入ってから、ずっとそうであったように。