――長い回想を終え、ブラントを見据える。
あれから5年の間に、多くのセンシティブやXM研究者が命を落とした。一般のエージェントたちが、アプリとしての『Ingress』に興じている間に、世界の裏側では血生臭い闘いが繰り広げられていたのだ。
だが『ブラントを護る』と決めた俺の意志は、今も変わっていない。こんな争いに満ちた世界では、彼のような善人は、容易く命を失いかねない。だから俺のようなボディーガードが必要なのだ。
俺はそう思いつつ、いつもの口調に戻って言う。
「危険は俺が排除する。さあ、あなたを待っている患者たちのもとへ」
「……そうだな」
ブラントの眼からは、迷いは消えていた。行く手を見据え、病院の廊下を歩いていく。
難病の子供たちを収容する、大きな病室。ブラントがその扉を開けると、子供たちの姿が見えた。
彼らはブラントを見るなり、一斉に笑みを浮かべた。
「ブラント先生、おかえりなさい!」
「院長先生に聞いて、ブラント先生が来るのを待ってたの!」
「来てくれてありがとう、先生!」
口々に叫ぶ子供たちを見て、ブラントが優しい笑みを返す。
「やぁみんな、久しぶりだね。いい子にしていたかい?」
「うん。先生のおかげで、良くなってきたって」
「そうか……もう少し待っていてくれ。きっとまた、元気に遊ぶことができる」
ブラントの言葉に、子供たちが元気に頷く。その表情には彼に対する、深い信頼が満ちていた。
ここにいる子供たちは、あらゆる医者が見放すほどの、難病を抱えた子供たちだった。ブラントは彼らを引き取り、無償で治療している。
彼が為そうとしていることは、極めて実現困難だ、と思う。いかに天才と言えど、神ではない。救えない命の方が、はるかに多い。だが彼は、己の全てを捧げている。縁もゆかりもない赤の他人を助ける為、人生を懸けている。
その姿を見ると、俺のような人間でさえ、つい願ってしまうのだ。
いつかブラントの願いが果たされる事を。彼が悲劇の運命を覆し、この子供たちが救われる事を。
(それが甘い夢に過ぎないとしても……その行く末を見届けるのが、俺の使命だ)
そう思いつつ、ブラントと子供たちを見据える。
病院の窓から光が差し、ブラントと子供たちを暖かく照らしていた。